カテゴリー別アーカイブ: お絵かき

第2回 正木俊行水彩画展

5月13日(月)正午から19日午後4時まで、以下の要領で2度目の個展を開きます。
ご高覧いただきますようお願い申し上げます。

会場は大津市柳が崎の、びわ湖大津館3階、市民ギャラリー。
旧琵琶湖ホテルを利用したレトロな建物で、東京の歌舞伎座、大阪の中央公会堂を設計した岡田信一郎の原案になるものです。建物自体、一見の価値ありといえます。

また隣接するイングリッシュ・ガーデンはいま薔薇の真っ盛り。
合わせてお楽しみください。

初日13日(月)は、12時から18時まで。
最終19日(日)は、11時から16時まで。
その他の曜日は、11時から18時まで。

水彩画「夏草」の製作過程

水面に日が当たってキラキラ輝く部分、および草の葉の明るい部分についてはマスキングインクを使ってマスキングしておく(黄色い部分)。

その上に、水の色をグラデーションをつけながらウォッシュ。

地面の下地塗りをして、草の葉の部分のマスキングをはがしたところ。

白く残った葉の部分に明るい黃または緑を塗る。

葉の陰を濃くし、地面をさらに塗って表情を出す。

またスパッタリングによって土や砂の感じを表現。最後に地面上の草を描き入れている。

水面の最も明るい部分は紙の白をそのまま残している。


「夏草」 clester F30

 第4回あいしょう絵画展 佳作・NHK大津放送局長賞

似た作品を出すことの意味…

 公募展の話の続きになる。

 今回の「湖国を描く絵画展」(以下「湖国展」と略称)で気になったことがひとつ。
 先月、県内某町の絵画展でグランプリを取った人が、湖国展でも作品を出していた。
 その作品は某絵画展に出したものとそっくりで、完全に同じモチーフ、対象の位置関係や構図も同じ(もちろん2つの作品を直接比較したわけではないので違いはあるのだろうが、印象的には全く同じ作品に見えた)。
 そして、今回も高い評価を得て、グランプリ、金賞に次ぐ賞を受賞した。
 
 審査員は違うとはいえ、やはり一箇所で高い評価を得た作品は別の箇所でも同様な評価を得るというのは自然な話だ。
 しかし、出品する側として考えるなら、一体どういう意味でほとんど同じような作品を出すのだろうか。

 というのは、これがもし私なら、そういうことはやりたくないからだ。
 まるで賞金稼ぎをしているように見られそうに思うし、そのやり方に、なんだかいじましさを感じてしまう。
 賞金稼ぎなどではなく、純粋に自作品の評価を聞きたいというのなら、ほとんど同じ作品を何ヶ所にも出す意味はあるだろうか。1か所で高い評価を得れば、それで十分ではないのか。
 
 この湖国展では、以前にも似たようなことを経験している。
 私が初入選した年に、入賞したある作品があった。その作品は私も気に入っていて、作者の方と言葉をかわしたのを覚えている。
 その作者は、次の年、やはり同じモチーフで(タイトルも◯◯1と◯◯2の違いくらい)似たような感じの作品を出し、今度は入選だった。
 この人の絵の場合は、モチーフは同じであるものの、作品的には違うことがわかるから、別に構わないのかもしれない(ある審査員レベルの人に、同じような作品を出すことの是非を聞いたことがある。その人の返事は「少しでも違っていれば構わない」だった)。

 しかし上記の「そっくり」な絵を何度も出品する意味は何なのか、私にはよくわからない。
 そもそも似たような絵を二度三度と描く気がしないし、それが二度三度賞に輝いたとしても、何にも面白くないではないか。

 いや、中には生涯?同じモチーフ同じテーマで絵を描いている人もいるから(しかもタイトルまで毎回同じというような)、そのような人にとっては1ミリの違いで全く別の作品のように感じられるのかもしれない。

 ともあれ、少なくとも私は、前に賞を取ったからといって同じような絵を出そうという気にはなれない。むしろ「今度は全く違う絵で驚かせてやろう」と思う性分だ。
 湖国展でやはりそういうタイプの人もいる。
 一昨年田園風景を描いて入選したT氏などは、昨年はガラリと作風を変えて都会風景を描き、見事金賞に輝いた。
 私はT氏のやり方のほうを好ましく思う。

三度目の「湖国を描く絵画展」

 まず結論からいえば、非常に残念な結果であった。
 
 公開審査は午前11時半から始まった。
 応募総数、一般の部:269点、高校生の部:9点。

 恒例により、まず高校生の部の審査。若い芽を伸ばしたいという趣旨から、9点全部が入選となった。

 次に一般の部。3人の審査員の前に、作品が3点ずつ並べられ、挙手によって決める。
 3票入ればほぼ自動的に入賞確定である。2票と1票の作品は、展示数85点(高校生も含む)という制約の中で、最後まで微調整の対象となる。

 昼食を挟んで、2時間ほどかけて最初の一巡が終わった。
 3票が17点、2票が27点で、ここまではまず入選が確定。0票は164点でこれらは選外が確定である。

 私の作品は、日本画家のK氏の1票だけであった。この時点で入賞は無理となる。
 1票作品は61点だったので、全作品を85点とするには、この中から32点を入選作として選び出さなければならない。
 そこで1票作品61点の再審査となる。
 最初と同様な手順で選考が進められ、16点が救い出された。私の作品はその中にはなかった。

 さらに、未確定の残り27点の作品の中から再再審査が行われたが、そこで11点が救い出され、それでもまだ未確定が16点残った。私の作品はその中にあった。
 今度はその16点全部を室内に並べて、審査員が相談をしながら最後の5点を選び出すという形になった。
 
 で、残念ながら私の作品はその5点の中には入れてもらえなかった。

 というわけで、期待していた3回連続入選は果たせず、がっかりしたというのが正直なところ。
 ただ、自分なりに納得した絵を出したので、妙な悔いはない。
 やはり他の作品が私の以上によかったという単純な事実を認めるしかない。
 
   *  *  *

 今回気がついたことがある。
 審査はほとんどパッと見で決まるわけだから、瞬間的ともいえる第一印象が重要だなということだ。
 今回金賞に選ばれた作品の中に、私自身「いいな」と思う絵があった。
 近づいてみれば荒っぽくて、緻密な作品とはいえない。しかしパッと見の色合いのバランス、明暗、構成が素晴らしくセンスを感じさせるのだ。
 これはひょっとしたら天性のものかもしれず、努力ではいかんともしがたいものなのかもしれない。
 
 次回以降の私自身の目標キーワードは多分、「センス」ということになるだろう。努力でなんとかなるかどうかは別にして。

三人展の日々

3人展ハガキ表

 水彩に本気を出し始めて4,5年、初めて公募展なるものに出品したのが一昨年の2014年。
 その時からお絵描きが人生の中心にドカッと腰を据えることになってしまった。

 そして一種の偶然から3人展が企画されて、あれよという間に、2016年5月17日に至る。

 アクリルと水彩と油彩の3つのカテゴリーが小さなギャラリーの一室に同居するのは、それぞれの作者の個性を際立たせて、想像していた以上にオモシロイ試みであった。

 このギャラリー風の門(滋賀県草津市)は、事実上、地元の美術関係者の交流の核となっているように思う。今回の三人展でも様々な人が訪れてくれた。
画廊のお得意様であるMさんは、展示替えがあるたびにいちばんにやってきて、「これ」と指をさして作品を購入してくれる。
今回の私の作品も、そのようにして2点購入いただいた。
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 講師をやっているTさんが常連のSさんと話をしている。Tさんを知らないNさんは「あなたも絵を描いておられるんですか」と聞いて、あとで大笑いになったり。

 初対面の来訪者に「私の妹が京都で画廊をやってまして」というと、「あ、そこよく知ってますよ」という反応が返ったり、義理の弟はデザイナーでと言うと、「彼に仕事を頼んでますよ」という人が来てみたり。

 出品者3人のそれぞれの知人、友人、関係者が入れ代わり立ち代わりやってくる。
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 出品者Iさんの桜の作品はいろんな人が注目し、講師クラスの人は「ここをこうすれば」とか「こうやればもっとよくなる」とか様々なサゼッションを残していく。
 それがまた、人によりまったく正反対の意見だったりして、すべてを受け入れれば矛盾してしまうのを、果たして作者はどう受け止めるのか、このあとの作品にどう反映されるのか、それも楽しみだ。

 会期は火曜から日曜までの6日間だった。
 土曜日には、画廊内でミニパーティをやろうということで、ワインや軽食、お菓子を持ち込み、雑談に花を咲かせた。
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 ごくごく短いたった6日間の三人展だったのに、終わってみるとなんだかぐったりしている自分を感じた。
 体力的なことではまったくない。おそらくは、会う人ごとに交わす会話、お絵かき談義が非常に濃厚だったからに相違ないと今にして思う。

 おおかた8割ぐらいの時間在廊していた。絵に囲まれ絵の話にどっぷり浸かるという、美術好きの人間にとっては極楽といってよい環境だったのではないか。

 もともと今回の3人は、互いにほとんど面識もなかった。
 それをうまく結びつけたのは画廊の担当者Hさんだ。人は彼女を「陰のオーナー」と呼ぶ。
 彼女のおかげで、自然には絶対に生じることのなかった3人の集まりが奇跡のように実現してしまった。
 そんな不思議な感慨に、いま浸っている。

二度目の「湖国を描く絵画展」

 同展への出品は今年は自分にとって2回目。
 昨年は初入選を果たしたので、今回は入賞狙いという贅沢な野望をいだいて作品を搬入した。
 作品は今年も2点。ひとつはM40の作品(これをAとしておく。運がよければ、という程度に描いた作品)。
 もう一つが本命と考えていたF50の作品(Bとしておく。応募規定としても、自分の経験としても最大サイズであった)。

 今年のこの絵画展の特徴として、20周年記念で金賞の賞金がこれまでの倍の10万円になったということ、琵琶湖の景観が日本遺産に認定されたことを記念して、日本遺産認定記念賞が5作品分追加されたこと(賞金は各10万円)が挙げられる(以上は今年だけの特別措置)。
 したがって今まで22点の入賞作が、今回に限り27点になるということ。
 当然ながら応募数が増えるであろうことが予測された。

 去年の応募総数が299点であったのに対して、今年は同333点だったそうだ。

 それだけに、例年なら午前中に終わる一次審査が20分程度オーバーした。
 審査のやり方は去年と同じで、審査員も前回と同じ3名。
 作品を3点ずつ並べて、各審査員がひとり1票で挙手をするというやり方である。

 全作品が一巡したところで、3票を得た作品は25点だった。
 去年は18点だったからかなり多い。
 入賞枠が27点ということは、この3票作品でほとんど入賞が決まり、あと2点だけ2票作品から格上げされる形になる。

 そして、私の作品Bは、その微妙な2票作品だった(作品Aには、予想通りというか、票は入らなかった)。

 午後からはまず全体の入選作を確定するための、1票作品の足切りから始まった。
 そのあと、入賞作品の確定という作業に移る。

 残念ながら私はこの日べつの用があって、最後まで見ることができなかった。したがって2点の格上げがどうなったかはわからずじまいである。

 入選の内訳を見るとおおよそこうなる。
★★★★☆☆☆☆☆☆☆☆◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯

★:入賞(賞金あり)
☆:入賞(賞金なし)
◯:入選

 選外(△印)も含めた応募総数全体で見ると、
★☆☆◯◯◯◯◯◯◯◯△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 入選率は27%と、かなり厳しい方ではないかと思う。

 私の作品Bは入選枠内には入ったが、2票作品群およそ50点の中から25倍の競争率を勝ち抜かないと入賞にはならない。
 残念ながら祈りしか残されていない(^^ゞ。

 審査の基準などについての感想は去年とほぼ同じなので、興味のある方は応募のいきさつと公開審査の模様を書いたこちらを読んでいただければよいだろう。

 やはり素人っぽさの残る作品はまず落とされる。
 非常にうまい、とても美しい‥‥という〈だけ〉の作品も遠慮なく落とされている。
 同時に、審査員3名三様の好みがあるなということも感じられた。
 また今回は応募数が多いこともあって、審査員といえども延々と続く絵の列に次第に疲れてくる。審査のスピードがだんだん早くなり、後半は悪く言えば手抜きっぽくなってくるのである。
 似たようなモチーフの作品は、早い段階で並べられたほうに票が入りやすいという傾向も前回と同様だった。

 審査自体は公平であるとはいえ、選定のシステムがこのような形である以上、運不運は必ずつきまとう。
 全作品を一望のもとに眺めるようなやり方(物理的に不可能だが)でも取らない限りは、審査順序に伴う不平等感が生じるのは仕方がないことなのかもしれない。

*    *    *
後日談

 2日ほど経って、審査通知書が送られてきた。
 特別賞受賞が確定。「NHK大津放送局長賞」だそうである。
 賞金のない賞だが、入賞は素直にうれしい。

 50点近い2票作品の中から、なぜ私のが選ばれたのか。
 祈りが通じたからというのは置いといて、やはりモチーフの選び方が勝因ではなかったかという気がする。

 去年の講評で、審査員の一人である日本画家の黒光氏はモチーフの独自性ということを強調していた。
 「こんなところを絵にするのか!?」というのが画家の視点だという表現をされていた。

 芸術的視点もそうだが、単に競争的原理からしても、他人と似たモチーフは選ばれにくい。
 樹齢何百年の古木や朝焼け夕焼けの情景など、誰もが描くモチーフは、公募展の大量の作品の中では当たり前すぎて新鮮味にかける。

 今回の私の作品はそれほど独自性があるものでもないが、少なくとも300数十点の絵の中に類似のものは見当たらなかった。
 残り2つを選ぼうとした時、他と違うものに目が行くのは自然なことではなかろうか。

 結果的に私は、ここに書いた去年の経験を素直に反省して、きちんと対策をしてきたのだなぁと今になって思う。