カテゴリー別アーカイブ: おもしろ日本語

たまにならいいのか

公園のトイレ。管理者の悲痛な叫びとでも言おうか。

「度々持って行かないでください」‥‥、つまり石けんを何度も失敬する人に対してのお願い文である。

ということは、たまに持って行く程度ならいいのだろうか。とても遠慮がちなお願いだ。

だが「見つけたら警察に通報」するとは言っても、それが初犯か「度々持って行く」犯人か、どうやってわかるのだろう。

簡単な文章ではあるが、ナゾを含んでいる。

(撮影地:神奈川県相模原市)

住んでいた必要

某シニア向けSNSに「旧友探し」というサービスがある。昔住んでいた地域、通っていた学校で、誰か知っている人はいないかと探す、懐旧企画である。

その後ろ向きな姿勢の是非はこの際問わないとして、中程の文章、「〜に登録するには、この地域に住んでいた必要があります」に注目したい。

ちょっと唖然とする表現ではなかろうか。

「住む必要がある」「住んでいる必要がある」ならまだわかる。過去形の「住んでいた必要」とは‥‥。

考えるに、「必要」は過去形には用いられないことばであるようだ。『てにをは辞典』にもそんな例は載っていない。

ではどのように表現するのが適切か。これがなかなか難しい。

「住んでいたという条件が必要です」「住んでいたのでなければなりません」‥‥と少々回りくどい。

いっそ、「登録できるのはこの地域に住んでいた人だけです」と言い回しを変えた方がよさそうだ。

それにしても、この素朴な表現には意表を突かれた思いだ。

何に間違えられた?

ネットで見かける、サプリメントのCMである。

《えっ、私より年下でしょ? 最近30代の人に間違えられました。(45歳 女性)》

最初、「30代に間違えられた」という意味だと勘違いしていた。

ある人から指摘があって、「30代の人に、自分より年下だと間違えられた」という意味だということがわかった。

つまり、「30代の人に間違えられました」は「30代の人から間違えられました」とすべきだということだ。

助詞の「に」のあいまいさが産み出したあいまい文。製品よりも広報に力を入れているSuntoryらしくない、下手な宣伝だ。

「の」の意味

おなじみの珈琲用クリームだ。

意味の分からなさもおなじみ。

というのは、キャッチコピーの「褐色の恋人」。

「褐色の」を普通に修飾語として読めば、被修飾語が褐色であるという意味に取れる。つまり恋人が褐色であるということで、「茶色い恋人」ということに。

ところが、このコピーが言いたいのはそうではなくて、褐色とは珈琲のことを表わしている。つまり褐色である珈琲の恋人、褐色に対する恋人、という意味だ。

最初から「珈琲の恋人」と言っておけば紛らわしくないのに、変に詩的ぶってコピーを作ったために曖昧文になってしまった。

珈琲と限定したくなかったのだろうか。紅茶にも使えるから「褐色の」としたのか。

だったらほうじ茶やゲンノショウコにも合うのだろうか?

切れる条例

エンジンを切るのは車のキーによるのじゃないのか、条例ってやつを回すと切ることができるのか‥‥なんて意地悪な見方をしてはいけない。

「〜により○○をする」という場合の「より」には、主に原因・手段と理由・拠り所の2つの意味があるけれど、もちろんこの場合は後者と捉えなければならない。

こんな風に曖昧になったのは、言葉をはしょりすぎたからだろう。何とか短い言葉でわからせようとしたその労は多とするが、詰めが甘かった。

(撮影地:神奈川県相模原市)


わかる

文章としては必要な情報が欠けていて正しくないのだけれど、でも意味はちゃんと通じるという言葉がある。

これもそのひとつか。

まさか「飲酒運転」という人が店に入ってくるわけではなかろう。「飲酒運転をする人」「飲酒運転をしがちな人」とでもすれば正しいか。しかし文章は長く、理屈っぽくなる。

その点、この「飲酒運転 入店お断り」は潔く、伝達力がある。

(撮影地:神奈川県相模原市)

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表示義務

土用の丑の日、近鉄百貨店のデパ地下(正しくはデパ1F)で買ったうな重についていた山椒粉。袋にはこうある。

     <表示義務のある添加物は使用していません

何とも大胆、かつ正直な表示であることか。

「添加物は使用していません」と書くと、実は使っているためにウソになる。

かといって、表示義務もないのにわざわざ「○○を使っています」などと書く必要もなく、また、よけいなことを書けば消費者からにらまれる。

そこで上記のようになった‥‥のではないかとたんけん隊は推測している。

ただ、「○○使用していない」との表記は、当然「○○以外使用している」を含意する。

だからこそ「大胆、かつ正直」とたんけん隊は感心したのであった。

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保温性能

これは、ある二重構造になったマグカップの製品説明書。

二重構造になっているから魔法瓶スタイルのカップなのだろうと勘違いして買ってしまった。この説明書によると、沸騰直後の95℃の熱湯を注いで24時間後の湯温(水温?)は21℃となっている。

画面から切れてしまっているが、右上の「室温」のところは20℃と表記されていた。

95℃のお湯が、24時間後には室温とほぼ同じ21℃になっているということは、つまり完全に冷めてしまっているということにほかならない。

これのどこが「保温」なのか。

保温効力というからには、「まだこれだけ温かい」という主張が必要だ。それができないのなら、むしろ「この製品には保温能力はありません」とすべきだったのでは?

犯罪

これは以前の投稿「不正使用」と同工異曲といってよい。

犯罪とは法を犯すことなのだから、「不法」投棄が犯罪なのは当たり前のこと。同義反復の典型例だ。

なぜこのような表現がしばしば見られるのか。

この種の注意書きの特徴は、単に注意を促しているのではなく、行為者に対して「お前のやっていることは犯罪なのだ」と一種の恫喝を加えているところにある。

恐らくは書き手自身が意識することなく、権威・権力の高みに立った物言いがなされているわけだ。ある意味そのことの方がコワい気もする。

(撮影場所:滋賀県草津市)

お願い

小学校の校門に掲げられた「お願い」。要は開けたら閉めよ、というごく普通のマナーを期待してのお願い文だ。

が、よくわからないのはその前文。「門扉は通常閉じています」。うん、通常閉じてるよね。それがどうした?

この文章はそもそも何なのか。「お願い。出たあとは門を閉めてください」だけで十分なのではないか。

こういった文は、業界用語でいういわゆるリダンダンシー、つまり余剰性の一種と言えなくもない。これがもし逆の表現だったら‥‥例えば「門扉は通常開いています」であったなら、この文は意味を持つ。つまり普段は開いているのだが、今日は特別に閉めて行ってください」であれば、リダンダントな表現ではなくなる。

なぜわかりきった余計な文章がくっついているのかという点を考えてみると、しばしば、そこに書き手の心理状態の現れを読み取れる場合がある。

この場合の書き手は、門を閉めろという結論を言うだけでは不満なのだ。「我々は普段から門をきちんと閉じているのだ。だからお前も、そういったマナーに従って、正しい行動をとるべきである」‥‥そのように道徳的な立場を主張したくて仕方がないのである。

書かなくても済むことを心ならずも書いてしまったという場合、心の中を見透かされる恐れがあることを肝に銘じたいものだ。

(撮影場所:滋賀県草津市)

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