河瀨直美監督『2つ目の窓』

 河瀨直美監督の新作、『2つ目の窓』を見た。
 河瀨作品は初めてだ。
 なぜこの作品を見ようかと思ったかというのには深いわけがある。

 京都の地下鉄の回数券が余っていた。
 買ったものの、昼間回数券だったので使う機会が極めて少ない。
 平日昼間の、夕方4時までしか使えない。京都で飲んでいたりすれば絶対に使うことがない。
 その回数券の期限が7月いっぱいだった。
 ムダにするのはもったいない、何とか使ってやろう。そうだ、京都シネマで映画でも見よう。
 7月30日の時点で、何を上映しているだろうか。
 めぼしいものを探すと、『パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト』ほか何本か。しかし終映が5時を回り、帰りに回数券を利用できない。
 そこで消去法で決まったのが『2つ目の窓』だった。

 実はつい最近、映像関係者の友人から河瀨直美監督の話を(それもあまり芳しくない話を)聞いたばかりだった。
 そこで、じゃあ一丁映画を見せてもらおうではないかという気分になったというのもある。

 しかしこの『2つ目の窓』がどんな映画なのか、まったく、まるっきり知らなかった。
 第67回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品作品というのも知らなかったし、封切られたばかりだということも知らず、また封切られたばかりだというのに「大ヒット公開中」だということも初耳で、「河瀨直美監督待望の最新作にして最高傑作」ということもあとから知ったという体たらくであった。

 さてそこまでが前置き。
 作品としてはどうだったか。
 確かに、非常によく練られたストーリーで、前半がやたらカッタルイ以外は破綻もなく大変うまくまとめられている。
 奄美の大自然をバックに、宣伝文句によれば「カンヌが、世界が、絶賛。母の死と、家族の再生。そして、つながっていく命。希望の涙があふれる、今年最高の《感動作》」なのだそうだ。

 これから見ようという人のために細かい内容は申し上げない。
 それぞれ問題を抱えた2組の家族。そこに「死」が影を落としていて、一方で主人公である少年少女の鮮烈な愛と性がある。
 死に直面する家族と、破綻した家族、母子家庭、元夫と息子の関係等々が、奄美の大自然を背景に描かれる。
 映像の美しさ、死の床で奏でられる奄美の音楽、樹齢500年のガジュマルと台風による強風、豪雨、そして怒涛の波頭…。
 圧倒的な自然と、命のつながり、感動あり涙あり、心を揺さぶられて、映画館の闇を抜け、日常の光景の中に立つと、はて、私はいったい何に感動したんだっけ?と思う、そんな映画だ。

 命は確かに大きなテーマだろう。
 が、この映画で観客は初めて命のつながりに気づいたか。そうではない、こういう話はすでにどこかで聞いたことがあり、誰かが語り、どこかで見聞きしたそういう話だ。
 母子家庭の問題にしても母の死にしても、それ自体は別に新しくもなんともない。
 だからこそ、場面場面で感動もし、涙も流しながら、終わってみれば「そんなもんだね」なのである。

 観客が関心を持ちそうな美味しい素材はいっぱい詰め込まれている。
 まずは奄美の自然と人だろう。家族の問題という切実なテーマ、誰もが憧れる恋愛、殺人事件かと思わせる推理風の冒頭のキャッチ、そしてヌードにセックス。
 まことに商業映画らしく、美味しい素材にたっぷりの添加物なのである。
 感動に浸れる人は、たっぷり浸っていただきたい。何しろ最新作にして最高傑作である。

 あえてまとめるつもりはないが、その代わりにひとつの感想で締めくくろう。
 この映画を支えているのは、文句なしに圧倒的な奄美の自然である。
 しかしその自然を、河瀬監督は描き切ったのだと言えるだろうか。
 私にはそうは思えなかった。監督が自然を描いたというより、この圧倒的な大自然に依存して作品を作ったと感じられたのだ。

 映画を見ている最中に、私はかつて見た別の映画を思い出していた。
 小栗康平監督の『眠る男』だ。
 この映画を私はあまり評価しない。ペ・ヨンギュン監督の韓国映画『達磨はなぜ東へ行ったのか』のエピゴーネンにしか見えなかったからだ。

 『眠る男』の中に、群馬県みどり市にある直径5.64メートルもの巨大水車が登場する。
 この水車の映像は実に圧倒的で、映画全体の印象はこのシーンひとつにすべて食われてしまっている。
 小栗監督は、この水車に依存して作品を作った。いや、もっと正確に言えば、小栗監督はこの水車に帰依してしまっている。そう、私は感じたのだ。
 圧倒的な映像の前にひれ伏すしかなく、監督が映画を作るというよりその映像によって映画を作らされているという逆立ちした状況。

 それと同じ感想を、この『2つ目の窓』に持った。
 奄美の大自然は、シネスコサイズ、5.1チャンネルの映像をもってしても描ききれないくらい圧倒的で、監督はその自然をとても料理などできていない、ただ依存しているにすぎないと…。

 最後に一つだけ、真正直に褒めたいのは、主演女優、吉永淳だ。
 芝居もダイビングも唄も自在にこなす19歳の美少女。これからが楽しみである。

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