キライなことば

 Facebookで非常に目につくのが、

 「シェアさせていただきます

 スンマセン、このことばを目にすると、ジンマシンが出そうになるんです。

 まず「シェア」(share)という、もともとは英語の単語。
 実はけっこう翻訳者泣かせのことばで、うまく日本語になりません。
 基本的には分かちあうとか共有するとか、一定部分を分担するとかいう意味ですが、実際にはもっと気楽に「語る」程度の意味でも使われます(語るということは、結局話の内容を共有するわけですから)。

 なので、シェアということばには日本語に1対1対応するズバリのことばがなく、ニュアンスの様々に異なる意味合いを、その都度文脈で訳し変えていたというのが実情だと思います。

 しかしFacebookなどでやたらshareが登場するようになって、いちいち考えるのはメンドクサイという人が出てきたのでしょう。日本語お得意のそのまんまカタカナ変換で「シェア」が認知され始めてきました(この場合の認知は認知症のアレではありません)。

 この、なんだかヌエっぽい、日本語にしっくりとはまらないシェアということばに、日本的謙遜を絵に描いたような「させていただく」をくっつけるというこの無神経なことば使い。これがもう、私にはキモいのであります。

 「します」で済むところを、「決して自分勝手にやるわけではありません」「アナタのお顔を立てております」「私は奥ゆかしい性格でございます」などの意味合いをウラに持たせた「させていただく」という表現で言挙げするところに、その人のいやらしさが透けて見えるような気がするのです。

 そもそも、Facebookに投稿された内容は、投稿者が人に読ませるためにアップしたものです。
本人はその意見なり主張なり事実なりを、広めたいからこそFacebookに載せる。そうでしょう? 誰にも知らせたくないのならFacebookに載せたりしません。

 投稿されていること自体が「どうぞ広めてください」という意思表明なのだから、それに対してなんでわざわざ「させていただく」と許可を取る必要があるでしょうか。
 勝手にコピーし、勝手に転載すればいいんです。もちろん、原著者の権利は尊重するという原則は守った上で。

 日本語として定着していない「シェア」ということばと、日本語的いやらしさを十二分にもちあわせた「させていただく」を、無頓着にくっつけるというその無神経さに、私の背中には虫酸が走るのであります。

 というわけでみなさん、万が一私の書き込みをどこかに紹介したり吹聴したりしたいという気分になったら、ぜひ無断で、勝手にやってください。
 間違っても「シェアさせていただきます」などとおっしゃらないように。
 そんなことされたら、私は虫酸の海で溺れ死んでしまいます。

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