電子レンジに関してはさまざまな議論があり、それもまともなものからトンデモ科学的俗説までバリエーションがあって、何が本当なのかよくわからないというのが正直なところだ。
ここでは個人的な感想も含めて、これらの言説に含まれる問題点を挙げてみたい。
まずそもそも、「電子レンジ」という日本語での呼び方自体が正しくないということを指摘しておこう(あらためて言うまでもないことだが)。
電子レンジは「電子」を使っていない。
使っているのはマイクロ波と呼ばれる電波である。英語圏での電子レンジの通称は「マイクロウェーブ」で、この方が正確な表現だ。
日本では、目新しい技術を使った製品にはなんでも「電子」をつけたがる傾向があるようだ。これ自体がまさに正しい知識を持てていないことの現れと言ってもよいかもしれない。
では、マイクロ波とはなにか。
電磁波の一種である。
電磁波とはなにか。下の図を見ていただこう。
光も電波もX線も、すべて電磁波である。
それぞれの違いは、周波数が異なるというだけで、すべては連続的に変化している。
しかし周波数が違えばエネルギーが異なり、透過力などに違いが出てくるから性質はそれぞれ違ってくる。
電磁波全体を見ると、周波数はおよそkHz(キロヘルツ)からPHz(ペタヘルツ)まで、1兆倍も違う。
また波長は周波数の逆数だから、nm(ナノメートル)からkm(キロメートル)までの違いがある。
周波数のうんと低い(つまり波長がうんと長い)電気(交流)はどうなのかというと、電線の中を流れる。
たとえば50/60Hzの商用周波数の電気なら、電線の中央を流れていく。
ところが周波数が上がっていくと、電気は同じ電線の中でも周辺を流れていくのである。
そしてさらに上がると、電気は電線の外へ出てしまう。これが電磁波である。
さてその電磁波の中のマイクロ波とはどういった性質を持った電磁波なのか。
マイクロ波の周波数範囲は300MHzから300GHz(波長は1mから1mm)。
周波数範囲によって異なるが、主な用途としては、電子レンジ以外にもGPS測位システム、BS放送、レーダーによる監視システム、電波望遠鏡による観測、無線LANなどいろいろある。
電子レンジに使われる周波数は国により法令により異なるが、日本では2.45GHzが利用されている。
食品加熱に関していえば、水がマイクロ波を吸収するという性質を利用している。
BS放送が、大雨の時に映りにくくなるという現象をご存じだろう。
これは水がマイクロ波を吸収するからで、原理的には雨水はBS放送のマイクロ波によって加熱されているのである(電波は微弱なので実際には観測できない程度)。
食品加熱の場合、マイクロ波が利用されるのは「水の加熱」である。
「熱」が分子の振動であるということは中学校の理科で習う。
魚を炭で焼くとき、熱は対流と直射の形で魚に伝わる。
対流によるものは熱伝導である。直射は赤外線による加熱となる。
電子レンジの場合は、それをマイクロ波で行うということである。
「レンジでチンする」ということは、食品中に含まれる水分子を振動させて、その結果として食品全体を加熱するという方法である。
このことは、つまりは通常の焼く(赤外線で加熱する)のとまったく同じ原理なのだ。
魚を焼くコツとして、「遠火の強火」とよく言われる。
遠火の強火とは、対流熱によって表面を焦がすのではなく、遠赤外線を使ってなるべく内部を加熱するということにほかならない。
可視光線から周波数の低い方向に見ていくと、近赤外、赤外となり、遠赤外線は周波数THz領域にある。さらにその先がマイクロ波である。
マイクロ波は遠赤外よりさらに食品内部に浸透しやすく、内部の水分子を振動させ加熱する。
原理的に、「遠火の強火」を強力にした電磁波なのである。
「遠火の強火」を称揚しながら、電子レンジには反対する人がいるのはどうしたわけなのだろうか。
電子レンジ反対派の主張を聞いてみよう。
以下の各項目は「ライフサポートクラブ」のウェブから引用したものである。
・マイクロウエーブとは超短波で低レベルの放射線のことです。
「超短波」とはVHFのことで、マイクロ波の一部ではあるがイコールではない。またマイクロ波は「放射線」ではない。
電磁波のうち電離作用をもつX線、ガンマ線を(電離)放射線と呼ぶが、それ以外は放射線とは呼ばない。そもそも用語が間違っている。
・生命エネルギーが60から90%損失
「生命エネルギー」などという疑似科学用語で何を表そうとしているのか不明。
・すべての物質の構造上の破壊
こんなことが起こるのなら一大科学革命だろう。「構造上」の意味が曖昧。これまでわかっているのは分子の振動に過ぎない。
・水でさえも「チン」されると、分子構造が変えられてしまうため、この水で穀物を発芽させようとしても穀物は発芽しません。
分子構造が変われば水でなくなってしまう。電子レンジで加熱済みの水を植物にかけたら枯れたという話がウェブにある。これに関しては下にリンクしたサイトの中に、画像を加工した捏造であったという報告がなされている。
・マイクロ波は、強いエネルギーを持っています。被爆すると、体の中に熱を発生させます。
「被爆」という用語が間違っている以外は、基本的には正しい。
マイクロ波は水分を加熱するのだから、人体に直接当てれば有害であるのは当然である。
マイクロ波自体の危険性を、そのまま電子レンジの危険性に結びつけるのは意図的なごまかしとしかいえない。
もともと危険性はあるものだから、もし利用するとしてもその危険性と利便性を天秤にかけ、利用者自身がリスクベネフィットを判断して使うべきものなのだ。一律に危険か安全かを断定できるものではない。
「栄養が失われる」という電子レンジ反対派の主張も山ほどある。
これについては、通常の加熱方法と比較する正しい実験が行われたのかどうかで評価は変る。
加熱のメカニズムも、量子レベルの理論が関係する非常に難しいものだから、今後未知の現象が発見されるかもしれない。ともかく科学的に正確な実験が望まれる。
ただ、上に述べたように加熱原理はマイクロ波も遠赤外も同じだと私は考えている。
にもかかわらずマイクロ波加熱が危険なのだとしたら、その理由をぜひ教えてほしい。
その点が、電子レンジ反対派の主張には欠けているのである。
最後に、比較的冷静にこの問題を採り上げているサイトを紹介しておこう。