投稿者「斗周」のアーカイブ

有名人生まれるときは騒がれず

 健さん健さんと世間はかまびすしい。

 朝日川柳は

◆ 不器用に寡黙のままに漢逝く

というヒネリのない句を採用している。もう一句、

◆ 男たちの憧れすべて持っていた

という句も並べているが、そこには男は不器用であるべきで、寡黙であるべきで、それらがまた世間の男たちはみな憧れの対象としているという、この選者や世間一般が持つ類型的メッセージがある。

 健さんの前には、「マメな男はモテる」という言説はかすんで見える。

 話し上手でおしゃべりで、いつも人を楽しませ笑わせているような男は、健さんの前では肩身が狭い。

 ここでいう「健さん」とは、もちろんスクリーンに投影された妄想としての健さんでしかない。

 個人的に飲みに行ったら、高倉健はべらべらとうるさいやつだったとしても、それは共同幻想としての健さんとは別物なのだ。

 健さんはスクリーンを通して、男のある一面だけを拡大し変形した、歪んだ価値観を世間に植えつけてしまった。

 その意味では、非「健さん」的男性にとっては、非常な迷惑な存在だったと言える。

 死者を悼み、褒めそやすのは世間の常識ではあるけれども、追悼の言葉の陰で、「そうではない」思いの人も数多くいることは、忘れるべきではない。

 有名人をめぐる大騒ぎもいい加減にしてもらいたいが、なぜか、有名人が生まれるときには誰も話題にしないのである。

お人形糸が切れては動けない

 小渕経産相、辞任。

 何の因果か政治家の娘に生まれたおかげで、無知と天然を武器にぶりっ子キャラで何と「大臣」にまでならされてしまった。

 しかし陰の傀儡師に操られるしか政治家ぶりっ子はできない。傀儡師が手板(コントローラー)を放棄すればお人形は動けない。

 チ〜ン、ご苦労さまでした。

いそいそとインドへ祝電打つ官邸

ノーベル平和賞を受賞した方々に対する一言のお祝いもない、社民党の又市談話のようなトンデモ発言がある一方で、9条が落選したことを顔を歪ませて心から喜ぶ一群の人たちもいる。

おそらく官邸では、9条にノーベル平和賞が与えられた時の言い訳スピーチを準備していただろう。ぜひともそれを読んでみたいものだ。

『細雪』再読

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 3日がかりで谷崎潤一郎『細雪』を再読した。

 最初に読んだときは、これだけの大長編を何ら破綻もなく物語の齟齬もなく書ききる力量に感嘆したものだったが、中身についてはほとんど忘れてしまっていた。

 再読する気になったのは、今年8月に大阪のシネ・ヌーヴォで谷崎映画の特集があり、これまで3本映画化されている『細雪』のうち2本を立て続けに見たことがきっかけになった。

 その直後に、もう一本のいちばん新しい作品も見て、それぞれの映画の作り方に興味も持ち、また疑問も抱いて、ではもう一度原作を読んでみようという気になったのであった。

 さて3本の映画とは次の通り。

1950年版
 監督:阿部豊 脚本:八住利雄
 出演者:高峰秀子、山根寿子、轟夕起子、花井蘭子 他

1959年版
 監督:島耕二 脚本:八住利雄
 出演者:京マチ子、山本富士子、轟夕起子、叶順子 他

1983年版
 監督:市川崑 脚本:日高真也
 出演者:岸惠子、佐久間良子、吉永小百合、古手川祐子 他

 50年版と59年版の脚本が同じ八住利雄とあとから知って驚いた。

 50年版の作りは、この大作を145分の映画にまとめるにあたって、冒頭ナレーションで背景説明をやってしまうという、素人映画もかくやと思われるような下手な手法をとっていた点で印象に残っている。

 作品としては、物語の中心人物のうち4女妙子役の高峰秀子にはっきりと焦点を当てている。

 これはおそらく、原作者の谷崎自身が高峰秀子のファンであったということと大いに関係があるのだろう。

 

電子レンジの虚実皮膜

 電子レンジに関してはさまざまな議論があり、それもまともなものからトンデモ科学的俗説までバリエーションがあって、何が本当なのかよくわからないというのが正直なところだ。

 ここでは個人的な感想も含めて、これらの言説に含まれる問題点を挙げてみたい。

 まずそもそも、「電子レンジ」という日本語での呼び方自体が正しくないということを指摘しておこう(あらためて言うまでもないことだが)。
 電子レンジは「電子」を使っていない。
 使っているのはマイクロ波と呼ばれる電波である。英語圏での電子レンジの通称は「マイクロウェーブ」で、この方が正確な表現だ。
 日本では、目新しい技術を使った製品にはなんでも「電子」をつけたがる傾向があるようだ。これ自体がまさに正しい知識を持てていないことの現れと言ってもよいかもしれない。

 では、マイクロ波とはなにか。
 電磁波の一種である。
 電磁波とはなにか。下の図を見ていただこう。

波長

 光も電波もX線も、すべて電磁波である。
 それぞれの違いは、周波数が異なるというだけで、すべては連続的に変化している。
 しかし周波数が違えばエネルギーが異なり、透過力などに違いが出てくるから性質はそれぞれ違ってくる。
 電磁波全体を見ると、周波数はおよそkHz(キロヘルツ)からPHz(ペタヘルツ)まで、1兆倍も違う。
 また波長は周波数の逆数だから、nm(ナノメートル)からkm(キロメートル)までの違いがある。

 周波数のうんと低い(つまり波長がうんと長い)電気(交流)はどうなのかというと、電線の中を流れる。
 たとえば50/60Hzの商用周波数の電気なら、電線の中央を流れていく。
 ところが周波数が上がっていくと、電気は同じ電線の中でも周辺を流れていくのである。
 そしてさらに上がると、電気は電線の外へ出てしまう。これが電磁波である。

 さてその電磁波の中のマイクロ波とはどういった性質を持った電磁波なのか。
 マイクロ波の周波数範囲は300MHzから300GHz(波長は1mから1mm)。
 周波数範囲によって異なるが、主な用途としては、電子レンジ以外にもGPS測位システム、BS放送、レーダーによる監視システム、電波望遠鏡による観測、無線LANなどいろいろある。

 電子レンジに使われる周波数は国により法令により異なるが、日本では2.45GHzが利用されている。
 食品加熱に関していえば、水がマイクロ波を吸収するという性質を利用している。
 BS放送が、大雨の時に映りにくくなるという現象をご存じだろう。
 これは水がマイクロ波を吸収するからで、原理的には雨水はBS放送のマイクロ波によって加熱されているのである(電波は微弱なので実際には観測できない程度)。

 食品加熱の場合、マイクロ波が利用されるのは「水の加熱」である。
 「熱」が分子の振動であるということは中学校の理科で習う。
 魚を炭で焼くとき、熱は対流と直射の形で魚に伝わる。
 対流によるものは熱伝導である。直射は赤外線による加熱となる。
 電子レンジの場合は、それをマイクロ波で行うということである。

 「レンジでチンする」ということは、食品中に含まれる水分子を振動させて、その結果として食品全体を加熱するという方法である。
 このことは、つまりは通常の焼く(赤外線で加熱する)のとまったく同じ原理なのだ。

 魚を焼くコツとして、「遠火の強火」とよく言われる。
 遠火の強火とは、対流熱によって表面を焦がすのではなく、遠赤外線を使ってなるべく内部を加熱するということにほかならない。
 可視光線から周波数の低い方向に見ていくと、近赤外、赤外となり、遠赤外線は周波数THz領域にある。さらにその先がマイクロ波である。
 マイクロ波は遠赤外よりさらに食品内部に浸透しやすく、内部の水分子を振動させ加熱する。
 原理的に、「遠火の強火」を強力にした電磁波なのである。

 「遠火の強火」を称揚しながら、電子レンジには反対する人がいるのはどうしたわけなのだろうか。

 電子レンジ反対派の主張を聞いてみよう。

 以下の各項目は「ライフサポートクラブ」のウェブから引用したものである。

・マイクロウエーブとは超短波で低レベルの放射線のことです。

 「超短波」とはVHFのことで、マイクロ波の一部ではあるがイコールではない。またマイクロ波は「放射線」ではない。
 電磁波のうち電離作用をもつX線、ガンマ線を(電離)放射線と呼ぶが、それ以外は放射線とは呼ばない。そもそも用語が間違っている。

・生命エネルギーが60から90%損失

 「生命エネルギー」などという疑似科学用語で何を表そうとしているのか不明。

・すべての物質の構造上の破壊

 こんなことが起こるのなら一大科学革命だろう。「構造上」の意味が曖昧。これまでわかっているのは分子の振動に過ぎない。

・水でさえも「チン」されると、分子構造が変えられてしまうため、この水で穀物を発芽させようとしても穀物は発芽しません。

 分子構造が変われば水でなくなってしまう。電子レンジで加熱済みの水を植物にかけたら枯れたという話がウェブにある。これに関しては下にリンクしたサイトの中に、画像を加工した捏造であったという報告がなされている。

・マイクロ波は、強いエネルギーを持っています。被爆すると、体の中に熱を発生させます。

 「被爆」という用語が間違っている以外は、基本的には正しい。
 マイクロ波は水分を加熱するのだから、人体に直接当てれば有害であるのは当然である。
 マイクロ波自体の危険性を、そのまま電子レンジの危険性に結びつけるのは意図的なごまかしとしかいえない。

 もともと危険性はあるものだから、もし利用するとしてもその危険性と利便性を天秤にかけ、利用者自身がリスクベネフィットを判断して使うべきものなのだ。一律に危険か安全かを断定できるものではない。

 「栄養が失われる」という電子レンジ反対派の主張も山ほどある。
 これについては、通常の加熱方法と比較する正しい実験が行われたのかどうかで評価は変る。
 加熱のメカニズムも、量子レベルの理論が関係する非常に難しいものだから、今後未知の現象が発見されるかもしれない。ともかく科学的に正確な実験が望まれる。
 
 ただ、上に述べたように加熱原理はマイクロ波も遠赤外も同じだと私は考えている。
 にもかかわらずマイクロ波加熱が危険なのだとしたら、その理由をぜひ教えてほしい。
 その点が、電子レンジ反対派の主張には欠けているのである。

 最後に、比較的冷静にこの問題を採り上げているサイトを紹介しておこう。

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