第2回 正木俊行水彩画展

5月13日(月)正午から19日午後4時まで、以下の要領で2度目の個展を開きます。
ご高覧いただきますようお願い申し上げます。

会場は大津市柳が崎の、びわ湖大津館3階、市民ギャラリー。
旧琵琶湖ホテルを利用したレトロな建物で、東京の歌舞伎座、大阪の中央公会堂を設計した岡田信一郎の原案になるものです。建物自体、一見の価値ありといえます。

また隣接するイングリッシュ・ガーデンはいま薔薇の真っ盛り。
合わせてお楽しみください。

初日13日(月)は、12時から18時まで。
最終19日(日)は、11時から16時まで。
その他の曜日は、11時から18時まで。

「原発いらね」ステッカー

車のリアに貼るステッカーをデザインしました。

以前「原発反対」というステッカーを貼っていたのですが、風化して文字が見えなくなってきたのと、○○反対というヒネリのなさすぎる表現が面白くないので、違うものをと考えました。

よくある「No Nukes」なんてのも何だかカッコつけすぎという気がしますしね。

で、「原発いらね」としてみました。

サイズは10センチ角を想定しています。

プリンタで紙に印刷して、マグネットカードに貼ってお使いください。画像はpngです。

ただ雨に濡れるとたちまちアウトです。

マグネットカードごと、パウチしてお使いになることをお勧めします。

著作権は保持しますが、使用は自由です。

いつでも好きにお使いください。連絡もいりません。

がつん句:犬死を再確認の815

 父の親友であったSさん(2人とも故人)は、我が家に来た時によく戦争の話をしてくれた。

 Sさんはビルマ戦線での生き残りのひとりだった。

 「前線での長い戦闘が終わって、かろうじて部隊へ戻ってきたんや。

そしたら、大勢の兵隊が、部隊の外で、地べたに座り込んで、足を投げ出しずら〜っと並んどるやないか。

帰るのを待ってくれてたんか、と思うて、いま戻ったぞ〜と近寄っていったら、待ってくれてたんやない、みんな、死んどるんや‥‥」

 前後の話は覚えていないが、この個所だけはゾッとして今も記憶に残っている。戦闘で死んだのではない。衛生状態の悪化、食料不足等で、赤痢などの病気のために下痢で糞尿まみれになりながら犬死したのである。

 満州へ行った父の話も含め、もっときちんと話をきいておけばよかったと、今になって思う。

がつん句:慎重にも慎重期して皆殺し

 無意味な殺戮だった。

 この国の中に生まれたガンのような組織に関して、死刑執行で何がわかったろうか。何が解決しただろうか。

 唯一の理由である「被害者遺族の怒り」にも、果たして応えることができたのだろうか。

 加害者が生きているうちは、遺族も彼らに対して怒りを向けることができた。

 この世から消してしまうことで、その遺族の怒りすら行き場を失う。

 遺族の無念は、何ら晴らされることがないのだ。

 これが、世界で最も野蛮なファシズム国家のやっていること。

 日本という国はいま、16世紀なのか?

シンゾーのドンゾコ節

シンゾーのドンゾコ節
作詞 斗周
作曲 不詳

ドンドンドンドンドンゾコ
ドンドンドンドンドンゾコ

学校がらみのモリカケで
ぼくに駆け寄りチューイした
総裁の席を狙ってる
怖いあの顔目に浮かぶ

ソラ
ドンドンドンドンドンゾコ
ドンドンドンドンドンゾコ

獄の窓から手を振って
差し入れくれる人よりも
忖度しながら書き換えた
可愛い官僚忘らりょか

ソラ
ドンドンドンドンドンゾコ
ドンドンドンドンドンゾコ

水彩画「夏草」の製作過程

水面に日が当たってキラキラ輝く部分、および草の葉の明るい部分についてはマスキングインクを使ってマスキングしておく(黄色い部分)。

その上に、水の色をグラデーションをつけながらウォッシュ。

地面の下地塗りをして、草の葉の部分のマスキングをはがしたところ。

白く残った葉の部分に明るい黃または緑を塗る。

葉の陰を濃くし、地面をさらに塗って表情を出す。

またスパッタリングによって土や砂の感じを表現。最後に地面上の草を描き入れている。

水面の最も明るい部分は紙の白をそのまま残している。


「夏草」 clester F30

 第4回あいしょう絵画展 佳作・NHK大津放送局長賞