おもしろ日本語」カテゴリーアーカイブ

完全にかけない

お茶の袋である。

ある良心的な生協から購入したもので、生産している茶園では完全無農薬でお茶を作っている。一般の野菜と違い、洗わずに製品化されるだけに、お茶に限っては無農薬のものしか安心して購入できない。

さてところが、この「完全に農薬をかけないお茶」というキャッチコピーにクレームがついた。というか私がつけた。これはどういう意味なのかと。

「完全に農薬をかけない」ということは、不完全にはかけたという意味なのか。というのはこの文では、「完全に」は「完全には」という意味にも読めるからだ。

仲間と議論をしているうちに、さらに別の観点から疑問が呈された。

なぜ「農薬をかけない」と言うのだろうか、と。「農薬を使っていない」となぜ言わないのだろうか、と。

深読みすれば、実はこの茶園では土壌は農薬で汚染されているが、新たに農薬を撒くことはやっていないので、それで「かけない」とは言えても「使っていない」とは言えない事情があるのではないかと。

そういう読みが可能であるなら、単に日本語の表現の問題ではなくなってくる。真偽を確かめなくてはならない。

もしも完全無農薬のお茶であるなら、なんと表現すればよいか。

・完全無農薬のお茶 ––– 表現が硬い?

・農薬を全く使っていないお茶 ––– これならよいかも。

そもそも、副詞(用言を修飾する)は修飾される語にできるだけ接近して用いるのが誤読を避けるための文章術の鉄則だ。

しかしこの「完全に」は、そうやっても今ひとつわかりにくいという不思議な性質がある。つまり「無農薬を完全にかけないお茶」としても、あまり変わりばえがしないのだ。

地下鉄

これをおもしろ日本語と言うべきかどうか迷う。

私にとっては「ふしぎ日本語」。

四角い枠に数字が書いてあって、これが地下鉄の路線に関するものだとわかっている場合、誰がこの数字を時間以外のものと間違えるだろうか?

しかも「当駅から目的駅までに要する時間を分単位で表した」と、なぜここまでクソていねいに説明しなければならないのか、よくわからない。まさか日数と勘違いする人もあるまい。

もし必要だというなら、上の段の赤丸の数字も同様に説明すべきだろう。

順番に並んでいて、おそらく駅のナンバーであろうということは予想がつくから要らないとするなら、やはり同程度に下段の数字も推測できるから、説明は要らないというものだ。

(撮影地:京都市営地下鉄東西線山科駅)


立入禁止

立入禁止にも色々あるが、「犬の散歩」を立入禁止にしているのは全国でも珍しい。

犬に対して禁止しても文字が読めないからダメだと判断したのだろうか。しかし飼い主は読めるはずなのだが‥‥。

犬の散歩が抽象化され生霊のようになってこの地域を徘徊するので、漂えるその霊に向かって立入禁止を訴えているのかもしれない。

(撮影地:神奈川県相模原市)


定休日

蕎麦屋である。

この日は水曜日、休みであった。しかも定休日。

しかしこの定休日、ただの定休日とはわけがちがう。

看板をよくご覧になっていただきたい。「本日は定休日とさせて頂きます」とある。

つまり、いつもの定休日ではない、臨時に定休日にしたという定休日なのである。

定休日とは常に一定の曜日に休むからこそ定休日であって、臨時に休むのは臨時休業ではないのかという、論理的な疑問はそりゃ確かにもっともだ。筋論である。

しかしこの看板は、そんな硬直した論理などものともせず、堂々と「本日は定休日とさせて頂く」、臨時の定休日があってどこが悪い?と開き直っているではないか。

店主のこの勁い意思を慮ることこそが、この看板の読み方なのである。

[ もう少し精神分析的な見方をするならば、このような自家撞着看板が生み出された一因として、「させて頂く」等のへりくだった物言いが挙げられる。「定休日です」の一言がお客さまに対して冷ややかであるとの印象を店主は抱いたのであろう。それを避けるための「させて頂く」が、「定休」の意味を変えてしまったのである ]

(撮影地:神奈川県相模原市)


手摺りにご注意

別に何の変哲もない注意書きである。

しかし問題が一つ。何に注意すればよいのか分からないということだ。

駅の階段にある手すり。金属製で、触れば壊れるようなやわなものではない。ペンキ塗りたてであるわけでもない。通路に飛び出していて階段の昇り降りに差し支えるのかというとそんなことも全くない。

足元に注意とか、天井の鳩のフンに注意とか、漏水注意ならわかるのだが‥‥。

いくら考えてもわからず、きょう、たまたまこの駅を利用したので駅員に尋ねてみた。

「手すりのつなぎの部分にテープが巻いてあるでしょう。そこがでこぼこしているので注意をしているんです」

よく見ると、確かにビニールテープを巻いたような部分がある。しかし注意書きはその真上にあるのではなく、その個所の左右2メートル以上離れた個所にあるのだ。

なるほど、階段を昇る人のために問題の個所にさしかかる手前右下に注意書き。

階段を降りるひとのためには同じ個所の手前左上に注意書き。

と、2ヶ所に注意書きが貼られていたのだった。

しかし、やはり意味は分からない。手すりにテープが巻いてあって多少でこぼこしているとはいえ、足元のでこぼこではないのだからそこにつっかかって倒れる人があるとも思えない。

そもそも注意をする必要があるのかどうかが疑問。そして注意をするのなら、もっとわかりやすく、「ここに注意 ↓」とでもしておけばよい。

駅員に、そのように提言してみたが、まるで蛙のツラにナントカというような表情でヘラヘラっと笑っていた。

(撮影地:神奈川県相模原市)